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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)1424号 判決

主文

一、本件訴を却下する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一、申立

1  原告ら

(1)  被告は原告らに対しそれぞれ金一、三三三万円及びこれに対する昭和五二年一二月四日から完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行の宣言

2  被告

主文同旨

二、請求の原因

1  訴外後藤富夫は、昭和五二年一二月四日、マレーシア連邦国内で被告と締結した飛行機による旅客運送契約(区間は同国内ペナン、同クアラ・ルンプール間)にもとづき、ペナンから被告の運航する六五三便ボーイング七三七型ジエツト旅客機に乗客として搭乗したが、右飛行機は同日午後八時三六分頃同国ジヨホールバル州タンジユクバンに墜落したため、該墜落事故により、右訴外人を含め全乗客、乗員とも死亡した。

2  したがつて、被告は訴外後藤富夫に対し、右運送契約の債務不履行(右訴外人の死亡)による損害賠償として、左記合計金四〇、四五四、四四二円の支払義務がある。

(1)  逸失利益 金三〇、四五四、四四二円

(2)  慰藉料 金一〇、〇〇〇、〇〇〇円

3  原告らは訴外後藤富夫の妻子であるが、各自三分の一の相続分の割合により、右訴外人の権利義務一切を承継した。

4  よつて、原告らはそれぞれ被告に対し右損害の内各金一、三三三万円及びこれに対する昭和五二年一二月四日から完済に至るまで、各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、管轄に関する双方の主張

別紙(一)、(二)記載のとおり

理由

一、被告はマレーシア連邦国内に本店を有し、同国法により設立された外国法人であつて、東京都内に営業所があるが、本件は右営業所の業務にかかわり生じた請求に関するものではない。したがつて、まず、裁判権の存否について判断する必要があると考える。

二、国際裁判管轄権については、わが国内法上規定がないから、結局条理にしたがい、その存否を決定するのが相当である。

1  原告らは訴外後藤富夫の妻子であるが、右訴外人は昭和五二年一二月四日、被告との間で締結した運送契約にもとづき、被告の運航する飛行機に乗り、乗客としてマレーシア連邦国内のペナン、クアラ・ルンプール間を飛行中、右飛行機が墜落したため、該墜落事故により死亡した。右運送契約は訴外後藤富夫がマレーシア連邦国内で被告と締結したものであり、被告は飛行機による旅客等の運送を営業目的とする外国会社である。

以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実並びに裁判法律制度がマレーシア連邦国に存在することは当裁判所に明らかなところであるから、これらの事実によれば、訴外後藤富夫、被告間の運送契約の履行地、契約締結地及び飛行機墜落事故発生地はすべてマレーシア連邦国内であるので、右契約又契約に基因する本件損害賠償に関する法律関係はすべてマレーシア連邦国法によつて定まるべきものと思われる。

右のほか、訴訟上証拠資料の収集、被告の応訴上の便宜を総合考慮すると、前記契約の態容によりこれにもとづく法律上の争訟に関し推測される契約当事者の意思又公平の見地にてらすと、本件につき裁判管轄権はマレーシア連邦国の裁判所に属すると解すべきである。即ち、国際的渉外事件において、当事者の合意があること、また、右の合意がなくても、当該法律関係の内容上、日本に裁判管轄権を認めることが適正な裁判、正義公平の観念にてらし、条理上相当であると思われることなどの特別の事情の認められない限り、裁判管轄権は被告の住所地国、本件について言えば、マレーシア連邦国の裁判所にあると解すべきところ、本件において右の特別の事情を認めうる事実は見当らないからである。

3  原告らの居住地が日本国内にあり、又被告の営業所が偶々日本国内にあるということから、直ちにこれを右の特段の事情に当たるものとは解せられない。

4  原告訴訟代理人は、国際裁判管轄権を認めるべき根拠として、民事訴訟法中管轄に関する諸規定を援用主張している。しかし、国際裁判管轄権、国内裁判管轄権はそれぞれ別個の法的内容を有するものであつて、その性質上国内裁判管轄に関する規定を国際裁判管轄につき類推適用できないものと解せられるのみならず、国際裁判管轄権については法の欠缺により条理にしたがい定めるべきこと前示のとおりである。

右によれば、民事訴訟法中の管轄規定に適合するならば、同時に国際裁判管轄権を認めるべきことにはならないというべきであるので、原告の主張は採用できない。

二、以上の次第で、結局本訴は訴訟要件を欠くことに帰するので却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙(一)

(原告の主張)

一、外国法人が日本に営業所を設置するときは、その法人は当然に日本の裁判権に服するものであり、民事訴訟法四条三項は右外国法人に当然適用されるべきである(大判明三八・二・一五民録一一―一七五、東京地判昭四〇・四・二六日労民集一六・二―三〇八、東京地判昭四五・三・二七判時五九八号、判例コンメンタール14民事訴訟法Ⅰ参照)。

二、外国法人が日本において財産を有するときはその財産所在地を特別裁判籍とするわが国民事訴訟法第八条からいつて、その外国法人は財産権上の請求においてわが国の裁判権に服すべきである(兼子、条解民事訴訟法上・三〇、横浜地判昭四一・九・二九下民集一七・九~一〇―八七四、前掲東京地判昭四五・三・二七、判例コンメンタール14民事訴訟法Ⅰ参照)。

三、運送契約上の債務不履行により旅客を死亡させ、旅客ないしその遺族に対する損害賠償義務を履行する場合、その義務の性質、内容からいつて、履行地は航空会社でなく、旅客ないしその遺族の住所地となすべきことが倫理的観点からも当然である。このように解することが、わが国国際民事訴訟法上の条理に合致するから、義務履行地を根拠とする裁判権はわが国にあるというべきである(実務民事訴訟法講座六・二〇頁、判例コンメンタール14民事訴訟法Ⅰ参照)。

別紙(二)

(被告の主張)

一、訴外後藤富夫は昭和五二年一一月二九日マレーシア連邦国クアラ・ルンプール所在の旅行代理店サム・フー・トランスポート・サイド・バーハドにおいて被告の運航する飛行機による航空運送切符(区間はクアラ・ルンプールーペナンークアラ・ルンプール往復切符、いずれもマレーシア連邦国内)を購入し、同年一二月二日クアラ・ルンプールーペナン間の往路旅行をなし、本件墜落事故は同月四日ペナンより搭乗した帰路において発生したものである。

被告は東京都内に営業所を有するが、訴外後藤富夫の本件運送契約、又これにもとづく損害賠償請求は右営業所の業務とは全く関連性がない。

二、以上の事実のもとで、日本の裁判所は本件につき裁判管轄権を有しないというべきである。即ち

1 いわゆる国際的裁判管轄権とは渉外的要素を民事、刑事の紛争の解決についていずれの国が裁判管轄権を有するかという問題である。したがつて、それは国際的私法交通から生じる紛争解決につき各国の裁判所が国際的な協力のもとに裁判事務の分担を行うこと、換言すれば裁判管轄権の国際的規模における場所的分配の問題であり、一国内においていずれの地方の裁判所が管轄権を有するかという問題(国内的裁判管轄権)とは段階を異にしており、後者に対し論理的に先行する問題である。そして、本件が渉外的要素を含む紛争であることは疑問の余地がないから、本件につき日本国の裁判所が右のような意味の国際的裁判管轄権を有するかが先ず問われなければならない。

2 右の如き国際的裁判管轄権の決定は国際民事訴訟法上の問題であるが、現在のところこの点につき国際的に確立された普遍的原則は無く、またわが国についてみてもこの点に関する直接の成立規定は無い。従つて、かかる国際的裁判管轄権に関する法の欠缺は結局のところ条理によつて補充する他ない。そして、かかる成文規定の欠缺を補充すべき条理としては、国際民事訴訟法の基本理念、すなわち渉外事件についていかなる国で裁判を行うことが裁判を最も適正、公平かつ能率的に行うのに適しているかという理念を考えるべきである。わが国民事訴訟法の管轄に関する規定もかかる理念を具現するものと考えられるから、国際的裁判管轄権も裁判管轄権の場所的分配であるという点において国内的裁判管轄権と異ならない以上、その決定に際してはわが国民事訴訟法の管轄に関する規定の趣旨を参酌ないし類推することにも理由がある。しかし、同じように裁判管轄権の場所的分配といつても、その分配の範囲が前者は国際的規模に亘るのに対し、後者は一国内に限定されるという点で決定的に異なるのであり、従つて一国内民事訴訟法の管轄に関する規定を国際的裁判管轄権の決定に類推するにあたつては、右のような差異に基づく配慮すなわち国際的配慮を十分に払う必要がある。なかんずく、そこでは原告の一方的意思により国際的規模に亘つて裁判の場が選択決定されることになるのであるから、被告の立場を特に留意する必要がある。国際的裁判管轄権決定の基準として国内民事訴訟法の管轄に関する規定をそのまま用いることは適当でない。そして、本件においてわが国に国際裁判管轄権を認めることが相当であるとすべき事情は存在しない。

3 原告は日本民事訴訟法四条三項(営業所所在地)、同五条(義務履行地)、同八条(財産所在地)により国際裁判管轄権があるように主張するが、右主張は肯認できない。即ち(四条三項について)

本件は被告の東京都所在の営業所の業務と全く関連がないから、このように何等業務関連性のない業務についてまで同条項を根拠に応訴を強制することは、国際的訴訟の場における当事者の公平に著しく反する。

(五条について)

日本に住所を有する者からの請求について、仮に準拠法を日本法とすると義務履行地は殆んど原告の住所地となり、常に日本の裁判所に管轄を認めることになる。これでは外国に居住する被告に困難な応訴を強制する結果となるが、このようなことは国際的協調性の観点から許されない。

(八条について)

原告の一方的意思により選択決定される国際的訴訟の場に立たされる被告の立場を考慮するならば、原告の請求が日本に所在する財産を目的とする場合に限定して、わが国の国際的裁判管轄権を認めるのが公平である。本件はこれに当たらない。

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